自然観察とボランティアの山の会 山行記録  No
伝説さがし・・・・・  求菩提山(くぼてさん) 涌蓋山(1499.5m)〜ミソコブシ山〜一目山(1287.4m)

●山行日:2007年1月14日 天気:晴
●コース:登山口(鳥井畑鳥居)〜構ノ石門〜首なし地蔵〜玄沖石子詰め跡〜琴平社〜
     座主園〜
みそぎ場〜中宮〜山頂〜五窟巡り〜資料館駐車場
●参加人数:45名
●集合場所:JR小倉駅北口7時出発
●バス:大型 (北都観光)
●スタッフ:CL屋部 SL神崎 班長4名 フリー4名
 最後尾2名(敬称略)

求菩提山(くぼてさん)・・・・なんと響きの良い名前だろう。求菩提山の名前は大乗仏教の精神を表していると云う。なかなか難しい。しかし、一旦足を踏み入れると山岳宗教の歴史を全山に刻むというより、彫りこんだような荘厳さがある。宿坊の石組みの隙間から山伏たちの読経や叫びが聞こえてきそうな気がする。この山に登るとなんだか気力が強くなった感じがするのは私だけであろうか・・・・・
 天気は快晴、風もなく寒さを感じない。 今日はアイゼンはいらないだろうとバスにおいて行く。鳥井畑の上にある東参道口の鳥居から出発。道はアスファルトだが、いきなり歴史の旅の始まりで、昔何者かに惨殺されたと言う「お秋の墓」や番号が刻まれたお地蔵さんを見ながら45分ほど歩くと水場に着く。そこにも沢山のお地蔵さんが並んでいる。右折し、ダラダラと登っていく。そのまま真っ直ぐに行くと寒田方面なのだろうが封鎖されている。そこで左折し、座主園の方に登るとすぐに「構の石門」に着く。ここより右に山道を入ると、明治になって出された廃仏毀釈の犠牲になった「首なし地蔵」がある。初めて見た時は少し気味悪さを感じたが、今では哀れみを感じる。この先には山伏の宿坊集落の跡の石組みが無数に残っている。今は人の気配は全くないが、昔日の賑わいが想像できる。「玄沖石子詰め跡」を見ると尾根道に突き出る。左に行くと愛宕社、山伏の墓、座主の墓と続く。お墓ばかりで、薄気味悪く思う人もいるかも知れないが、山道は車も通れそうな広さで、明るく楽しい雰囲気がある。山伏の古い墓の中に幾つかの新しい墓があり、山伏の末裔がこの地を離れられないのではと勝手に推測。さすがに座主の墓は石が立派でユニークな形も目につく。「琴平社」は素通りの予定だったが、時間が余りそうなので登ってみた。下りは皆、一寸腰が引けていた。その「琴平社」の上から求菩提山と犬ヶ岳への縦走路への道がある。11時45分、座主園に着く。昼食を摂り、12時30分出発。「みそぎ場」を覘くも誰も身を清めようとしない。獅子の口から出る甘露水を楽しみにしていたが、凍っていてか出ていなかった。 中宮の国玉神社(元護国寺)では、当会の名ガイド嬢のTさんの見事な説明は、参加者からの割れんばかりの大拍手だった。これより本日のお楽しみコース「鬼の鐙」と言う急で長い石段になる。皆、きつそうな顔して、案外楽しんでいるようだった。(七百段以上ありました) 上宮(頂上)に13時15分着。ここで集合写真(このために3時間かけて作った表題幕が、たった1枚の写真で御用済みとは・・・)を撮って、風穴から吹き出る水煙に驚く。ここからは五窟を見ながらの下山となるが、まずは護摩場で、鋭角に左折する。(直進すると犬ヶ岳に行く)大日窟、普賢窟、岩の割れ目に頭を入れると何かが聞こえるらしい多聞窟、吉祥窟、この先を右手に下りると資料館PAに行くが、阿弥陀窟に行って戻る。 五窟めぐりでは予期せぬ樹氷が見られ、何だか、得したみたいで嬉しかった。 あとは下るだけだが、足元は悪いので注意が必要。14時58分資料館前PA着。バスに乗り込み、入浴の為、卜仙の郷へむかう。お風呂から出ると甘酒とカッポ酒が待っていた。バスの中では一口感想や2月の久住山の説明を受け、次回を楽しみに無事終了。・・・・今日の全ての出逢いに感謝、感謝です。ありがとうございました。CL屋部博嗣
準備体操
CLの説明
色々な顔の表情がある
SLの神崎さんの説明を受ける参加者 待ちに待ったランチタイム みそぎ場
鬼の鐙を喘ぐ 山頂上宮 集合写真
次回は雪の九重・・・・・
樹氷 カッポ酒で乾杯!
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